大判例

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東京地方裁判所 平成元年(ワ)9486号 判決

原告

朝井好信

右訴訟代理人弁護士

木村達也

宇都宮健児

清水洋

小松陽一郎

石田正也

藤本明

伊藤誠一

石田明義

山本政明

加島宏

折田泰宏

戸田隆俊

永尾廣久

加藤修

上野正紀

高崎暢

山本行雄

石口俊一

村上正巳

尾川雅清

田中厚

今重一

今瞭美

茨木茂

釜井英法

米倉勉

中田克己

島川勝

山下誠

武井康年

我妻正規

安保嘉博

三津橋彬

長谷川正浩

神山啓史

中村宏

被告

株式会社オリエントコーポレーション(旧商号株式会社オリエントファイナンス)

右代表者代表取締役

阿部喜夫

右訴訟代理人弁護士

磯貝英男

新居和夫

德田修作

西内聖

高橋庸尚

奥野雅彦

松尾翼

小杉丈夫

奥野泰久

内田公志

石井藤次郎

内藤正明

志賀剛一

細川俊彦

高橋秀夫

飯野信昭

八代徹也

被告

右代表者法務大臣

左藤恵

右指定代理人

堀内明

外一名

主文

一  原告の各請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、各自金二九八万円及びこれに対する平成元年八月四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

被告株式会社オリエントコーポレーション(以下「被告オリエント」という。)は、本件の原告に対し、それぞれ貸金と立替金との返還を求める訴えを札幌簡易裁判所に提起したが、いずれの訴えにおいても原告への訴状等の送達が不在との理由でできなかった。そこで、同裁判所の各事件の担当書記官はそれぞれ被告オリエントの担当者に対して、原告の就業場所の有無について照会したところ、不明との返事であったので、担当裁判所書記官は、いずれも、原告の自宅に、郵便に付する送達をし、それによって、送達の効力が生じたものとされ、以後手続が進行して、本件の原告は、両事件とも敗訴の欠席判決を受けた。本件は、右判決を受けた原告が、当時被告オリエントの担当者は、原告の就業場所を知っていたか、又は容易にこれを知ることができたのに、これを裁判所書記官に知らせず、担当書記官も必要な調査をせずに就業場所を不明として付郵便送達を行い、担当裁判官もその点の瑕疵を見過ごして原告敗訴の判決をし、その結果、原告は、正当な第一審判決を受ける権利等を侵害されたとして、被告オリエント及び被告国に対し、民法七〇九条及び国家賠償法一条一項に基づき損害賠償を請求した事案である。

一  前提となる事実(証拠により認定した事実については、その事実の項の末尾かっこ内にこれを認定した証拠を掲げた。その余は、当事者間に争いのない事実である。)

1  被告オリエントは、同被告と加盟店契約を締結している加盟店から物品の購入及びサービスの提供を受けることができるクレジットカードを利用者に対し発行し、その利用代金を加盟店に立替え払いした後、右利用者から割賦払いの方法により立替金及び手数料を受領すること並びに金銭の貸付を業とする株式会社である(被告国との間では、弁論の全趣旨)。

2  裁判所書記官富所猛男(以下「富所書記官」という。)及び同塩坂一洋(以下「塩坂書記官」という。)は、昭和六一年三月ないし五月当時、札幌簡易裁判所において書記官として民事訴訟関係書類の送達事務を遂行していた者であり、簡易裁判所判事桶谷弘(以下「桶谷裁判官」という。)及び同清水恭一(以下「清水裁判官」という。)は、その当時、札幌簡易裁判所において裁判官として被告国の裁判権を行使していた者である。

3  被告オリエントは、札幌簡易裁判所へ、昭和六一年三月一九日原告に対し貸金二六万五三一二円及び内金二五万一七九八円に対する昭和六〇年一二月一四日から支払い済みまで日歩八銭の割合による遅延損害金の支払いを求める貸金請求の訴え(同裁判所昭和六一年(ハ)第一四八六号貸金請求事件、以下「第一事件」という。)を、また、昭和六一年三月二七日原告に対し立替金七万九六五二円及びこれに対する同年一月二八日から支払い済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める立替金請求の訴え(同裁判所昭和六一年(ハ)第一六七七号立替金請求事件、以下「第二事件」という。)をそれぞれ提起した。

4  桶谷裁判官は、第一事件を担当し、同事件の第一回口頭弁論期日を昭和六一年四月三〇日と指定し、清水裁判官は、第二事件を担当し、同事件の第一回口頭弁論期日を同年五月九日と指定した。

5  富所書記官は、第一事件を担当し、桶谷裁判官の期日指定をうけて、その訴状副本及び第一回口頭弁論期日呼出状を訴状記載の原告の住所地に特別送達により送達すべく発送し、右書類は昭和六一年三月二四日に配達されたが、原告不在のため郵便局に保管され、留置期間の経過により、同年四月五日同裁判所に還付された。

また、塩坂書記官は、第二事件を担当し、清水裁判官の期日指定をうけて、その訴状副本及び第一回口頭弁論期日呼出状を訴状記載の原告の住所地に特別送達により送達すべく発送し、右書類は同月五日に配達されたが、原告不在のため郵便局に保管され、留置期間の経過により、同月一七日同裁判所に還付された。

6  その後、富所書記官は第一事件について、塩坂書記官は第二事件について、それぞれ被告オリエントに対し、「被告に対する訴状及び口頭弁論期日呼出状が『不在』の事由で返還され、送達ができないので被告の住所及び就業場所について、至急調査し、左記に記入のうえ、返送してください。」などと記載され、住所及び就業場所等の調査結果を記載する回答欄を設けた照会書(以下それぞれ「本件第一事件照会書」、「本件第二事件照会書」といい、両者を併せて以下「本件照会書」という。)を送付した。

7  本件照会書の送付がなされた当時、被告オリエントの嘱託社員として、同被告の原告に対する債権の管理回収業務を担当していた辰口満(以下「辰口」という。)は、本件照会書中の「一 被告は、訴状記載の住所に居住していますか。」との照会事項に対する回答欄の「1 いる」と記載された項目の「1」の部分にいずれも丸印を付し、また、「二 被告の就業場所を記載してください(ビル名、階数、社名、電話番号も記載すること)。」との照会事項に対する回答欄については、「2 勤務先を調べたが、わからない。」と記載された項目の「2」の部分にいずれも丸印を付し、更に本件第一事件照会書中の「五 事件の進行上、参考となると思われることを記載してください。」との照会事項に対する回答欄に「本人は出張で四月二十日帰って来ます。家族は左記住所にいる釧路市住の江町十一道営アパート二二〇一号」と付記して(本件第二事件照会書中の右回答欄にはこのような付記はない。)、札幌簡易裁判所に返送し、本件第一事件照会書に対する回答は昭和六一年四月一一日、本件第二事件照会書に対する回答は同月一八日、それぞれ同裁判所に到達した。

8  裁判所から被告オリエントが右照会を受けた頃における原告の勤務先は、釧路市大楽毛一―一―三三所在の株式会社網走交通(以下「網走交通」という。)釧路営業所であったが、当時原告は、網走交通が下請けとしてトラック運送業務を請け負った東京都府中市是政所在の宇野建材に他の三名の従業員と共に派遣され、同社の寄宿舎に寝泊りして同社の業務に従事し、昭和六一年四月二〇日頃帰ってくる予定であった。被告オリエントの担当者辰口は、原告の勤務先が網走交通であること及びその所在地は承知していた(被告国との関係では、証人辰口、原告本人、被告オリエントとの関係で原告の派遣先については、原告本人)。

9  富所書記官は、被告オリエントから返送された本件第一事件照会書に対する回答の記載に基づいて原告の就業場所が不明であると認定し、昭和六一年四月一一日第一事件の訴状副本及び第一回口頭弁論期日呼出状を原告の住所地に宛て、書留郵便に付して送達した。

右送達書類は同月一四日に右原告の住所地に配達されたが、原告不在のため郵便局に保管され、留置期間の経過により、同月二六日頃同裁判所に還付された。

塩坂書記官は、同じく被告オリエントから返送された本件第二事件照会書に対する回答の記載に基づいて原告の就業場所が不明であると認定し、同月二一日第二事件の訴状副本及び第一回口頭弁論期日呼出状を原告の住所地に宛て、書留郵便に付して送達した。

右送達書類は同月二二日に原告の住所地に配達されたが、原告不在のため郵便局に保管され、留置期間の経過により、同年五月五日頃同裁判所に還付された。

10  桶谷裁判官は、昭和六一年四月三〇日第一事件の第一回口頭弁論期日を原告欠席のまま施行し、同期日において弁論を終結したうえ、同年五月二八日原告に対し、被告オリエントにその請求どおり金二六万五三一二円及び内金二五万一七九八円に対する昭和六〇年一二月一四日から支払い済みまで日歩八銭の割合による金員を支払うことを命じた仮執行宣言付判決を言渡した。

また、清水裁判官は、昭和六一年五月九日第二事件の第一回口頭弁論期日を原告欠席のまま施行し、同期日において弁論を終結したうえ、同月三〇日原告に対し、被告オリエントにその請求どおり金七万九六五二円及びこれに対する昭和六一年一月二八日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払うことを命じた仮執行宣言付判決を言渡した。

二争点

1  被告オリエントの担当者が裁判所に原告の就業場所を不明と回答したのは、被告オリエント又はその担当者の故意か若しくは重過失によるものか

(原告の主張)

被告オリエントの担当者辰口は、裁判所書記官をして原告の就業場所が不明であると認定させ、付郵便送達によって、原告に対する欠席判決を得て、これを執行する目的で故意に各裁判所書記官に対し、原告の就業場所が不明との虚偽の回答を行い、かつ、訴状副本及び第一回口頭弁論期日呼出状の送達を付郵便送達の方法によることを上申した。

仮にそうでないとしても、辰口は、右回答に際し、送達をすべき就業場所を勤務先ではなく現実に労務に従事している場所であるとの通常ありえない誤解をし、これに基づいて就業場所不明と回答したこと、辰口が、右のような処理をしたのは、被告オリエントが、担当者に十分な研修を受けさせないで債権管理回収事務を処理させ、あるいはその事務処理についての過誤の有無の点検確認を尽くさなかったし、右点検確認をすることのできる体制も有しなかったことによるものであること、被告オリエントにおいては、裁判所からの照会に回答する際、その法定係担当者が点検して提出することとされていたが、当時の右担当者山上正六は、辰口の回答内容が誤りであることを認識し、または認識しえたにもかかわらず、これを訂正することなく提出したこと、以上によれば、右回答をしたことにつき被告オリエントの担当者ないし同被告自体に重過失があったというべきである。

(被告オリエントの主張)

被告オリエントの担当者辰口は、右の回答をするため調査したところ、原告は、当時、網走交通釧路営業所において労務に従事しておらず、本州方面に出張で行っていることが確認できたものの、現実にどこでどのような雇用関係の下にあるかが判明しなかったため、現実に労務に従事している場所が回答を要求されている就業場所であるとの理解に従い、原告の勤務先を調査したがわからない旨の回答をしたものであり、辰口には、原告主張のような故意のないことはもちろんのこと、辰口のしたのは事務処理上の軽微なミスにとどまり、これを過失と評価することもできない。

2  本件各裁判所書記官のした付郵便送達について両書記官に過失があるか

(一) 裁判所書記官が就業場所が判明しないと認定するための要件

(原告の主張)

裁判所書記官は、受送達者の就業場所が判明しないと判断するに際して、一定の調査を実施したにもかかわらず就業場所が判明しないことを示す積極的認定資料を調査したうえで、右資料に基づいて就業場所が不明であることを認定すべき義務(以下「調査義務」という。)を負い、右認定資料には最低限、調査者の氏名、調査の日時、調査方法として少なくとも夜間又は早朝の電話による問い合わせ程度の調査が実施されたことが具体的に記載されていることが必要とされるのであって、単に相手方当事者から勤務先が不明である旨の申立てがあったことだけから就業場所不明と認定することは許されない。

(被告国の主張)

裁判所書記官は原則として独立して送達事務を行うものであって、その担当事件において、民事訴訟法の定めに従い、自己の裁量で、いつ、いかなる方法により、いかなる場所において送達を行うかを決定する権限を有し、就業場所が判明しないと判断する基準については民事訴訟法は何らこれを定めていないのであるから、その判断は当該事件を担当する裁判所書記官の裁量に委ねられている。

したがって、裁判所書記官は就業場所が判明しないか否かの認定に当たり、具体的事案の内容を問わず一律に積極的な認定資料に基づく判断をなすべき調査義務を負うものではなく、当該裁判所書記官が裁量権を濫用したり、裁量の範囲を逸脱した場合に限って過失が認められるものというべきである。

(二) 右要件の充足の有無の見地からして本件の各裁判所書記官の付郵便送達に過失があるか

(原告の主張)

富所、塩坂両書記官は、被告オリエントから返送された本件照会書回答欄中の原告の勤務先を調べたがわからない旨の記載のみから原告の就業場所が不明であると判断して、前記付郵便送達を実施したが、右照会書回答欄の記載は、原告の勤務先調査をいつ、誰が、どのような方法で行ったのかを明らかにしておらず、原告の就業場所が不明であることを示す積極的認定資料とはなり得ないし、また他に右回答内容を裏付ける積極的認定資料もなかったのであるから、富所、塩坂両書記官は、右付郵便送達を行うにつき、前記調査義務を怠った過失があり、本件付郵便送達は違法である。

(被告国の主張)

本件においては、富所、塩坂両書記官に原告の就業場所を不明と認定したことについての裁量権の逸脱は認められない。

(三) 右要件以外の点について本件各裁判所書記官には付郵便送達につき過失があるか

(原告の主張)

(1) 本件付郵便送達により送達された書類は、訴状副本及び第一回口頭弁論期日呼出状であり、当該訴訟の被告となった者がこれら書類の送達を受けなければ、その者にとっては、自己の知らないところで訴訟が開始されて、口頭弁論が開かれ、自己の了知しない訴状の内容に従った判決がなされてしまう可能性が大きい重要な書類である。

(2) 本件各事件は、信販会社である被告オリエントと一般消費者である原告との間のファイナンス契約に基づく貸金返還請求事件及びクレジット契約に基づく立替金請求事件であって、かような場合には信販会社が有するファイナンス契約書またはクレジット契約書には、債務者の勤務先の名称、所在地、電話番号等が記載されているのが通常である。

(3) 本件各事件は、いずれも消費者信用に関する事件であり、一般にこのような類型の訴訟事件においては、被告の大部分が訴訟代理人をつけないため、裁判所には通常の事件以上に慎重な審理をする後見的役割が要請されている。

(4) 第一事件においては、回答書備考欄に「本人は出張で四月二十日帰って来ます。」という、勤務先不明の記載とは明らかに矛盾する記載がなされており、富所書記官は、この記載によって原告の勤務先が判明していることを認識できた。

(5) 以上のとおり、本件では各裁判所書記官には、付郵便送達をするについてより慎重な調査をすべき注意義務があったのに、これを怠った過失があり、右送達は違法である。

(被告国の主張)

争う。

3  本件各事件担当の裁判官に過失があったか

(原告の主張)

一般に裁判官は、担当した訴訟事件が適法に進行しているか否かを監視し、適切な訴訟指揮をなすべき義務を負い、その内容として、訴状副本及び第一回口頭弁論期日呼出状の送達が裁判所書記官によって有効になされているか否かを監視し、右送達に瑕疵があれば、これを是正し、または、右瑕疵が治癒されるまで訴訟手続を進行させない義務を負っており、更に本件では、前記付郵便送達により送達された書類は訴状副本及び第一回口頭弁論期日呼出状であること、本件各事件は信販会社である被告オリエントと一般消費者である原告との間のファイナンス契約に基づく貸金返還請求事件及びクレジット契約に基づく立替金請求事件であって、かような場合には信販会社が有するファイナンス契約書またはクレジット契約書に債務者の勤務先の名称、所在地、電話番号等が記載されているのが通常であること、本件第一事件においては、回答書備考欄に「本人は出張で四月二十日帰って来ます。」という、勤務先不明との記載とは明らかに矛盾する記載がなされていることの各事実が認められたにもかかわらず、桶谷、清水両裁判官は、右義務を怠り、前記付郵便送達の瑕疵を発見、是正せず、かつ右瑕疵が治癒されていなかったのにこれを看過して第一回口頭弁論期日を開催し、以後の手続を進行させたものであって、この点で両裁判官には過失があった。

(被告国の主張)

送達事務は、裁判所書記官の職務権限に属するものであり、書記官は原則として独立して送達事務を行うものであって、その担当事件において、民事訴訟法の定めに従い、自己の裁量で、いつ、いかなる方法により、いかなる場所において送達を行うかを決定する権限を有するのであるから、裁判所書記官がその裁量権の範囲内で送達を行っている以上、裁判官は、右瑕疵の存在を発見してそれを是正し、または、右瑕疵が治癒されるまでは第一回口頭弁論期日を開いてはならない義務を負うものではない。

4  原告は、被告ら担当者の不法行為等により、損害を被ったか、また、その損害の賠償を被告らに対し請求することができるか

(原告の主張)

原告は、被告ら担当者の不法行為等により、次のような損害を被った。

(一) 第一審の裁判手続を受けられなかったことによる精神的損害一〇〇万円

原告は、被告ら担当者等の前記故意ないし過失による行為により、第一事件及び第二事件について、第一審裁判手続を受ける権利を奪われた。なお、本件各事件における付郵便送達は、受送達者の就業場所が不明ではないのにされた違法、無効なものであるから、本件各事件においては訴状が適法に送達されていないため、訴訟係属が生じていない。したがって、右各事件について、判決が原告に送達されたとしても、原告が控訴を提起することはできず、原告としては、第一審裁判所に期日指定を申し立てるか、再審を申し立てるかのいずれかの方法によらざるを得なかった。仮に控訴することは可能であったとしても、本件のような場合には控訴の追完が許されないとの見解もあり、控訴裁判所がこのような見解をとることもあり得た。いくつかの救済の手段がある場合に、他の方法を選択したからといって、原告の権利が保護されなくなるというのは不合理であるから、原告が控訴で救済される可能性があったのに、これを怠ったからとして、その救済を否定するのは相当でない。

(二) 敗訴判決を受けたことによる損害合計一八八万円

原告が、第一事件及び第二事件の各判決によって支払を命じられた債務は、その妻淳子が原告に無断で原告名義を使用して被告オリエントとの間においてファイナンス契約及びクレジット契約を締結して負担したものであり、原告は、それについて責任がない。しかし、被告オリエントは、右債務につき、前記仮執行宣言付判決が言い渡されたことにより、原告に対し、支払いをしなければ給料債権を差し押さえると通告してきたため、原告は、八回にわたり合計金二八万円を支払い、第一、第二各事件について再審の申立て等をすることを弁護士今瞭美に委任し費用として六〇万円を支払ったほか、右給料差押えの通告により、会社内での名誉を失墜させられ、職場でも気まずい雰囲気にさせられ、給料の差押えを受ければ勤務先を退職せざるを得なくなるのではないかと思い悩む等著しい精神的苦痛(一〇〇万円相当)を受けた。

以上の損害の賠償を請求することと、本件第一、第二各事件について、確定判決があることとは、関係がない。もっとも、後記被告オリエントの主張を前提としても、本件各事件の請求の根拠となったファイナンス契約及びクレジット契約は、いずれも当時の妻であった淳子が無断で原告名義を使用して被告オリエントとの間において締結したものであり、被告オリエントは、原告に支払義務のないことを知り、原告の就業場所を知りながら、裁判所書記官を欺罔して欠席判決を得、これを執行する目的で故意に両書記官からの照会に対し、原告の勤務先が不明であると回答し、付郵便送達によるべく上申したものであって、同被告の行為には強度の違法性が認められるから、同被告の行為について、不法行為に基づく損害賠償等を請求することができる。

(被告らの主張)

民事訴訟の被告が、裁判を受ける権利を奪われたといえるかどうかは、判決が確定し、通常の訴訟手続では、これを争うことができなくなったかどうかによって決せられる。したがって、第一審の訴訟手続においては参加する機会が与えられなかったとしても、その判決に対し、適法に控訴する機会があり、控訴審においてこれを争うことが可能であったのであれば、原告の裁判を受ける権利は奪われたとはいえない。本件においては、第一、第二各事件の判決正本は、原告の住所において、「同居者ニシテ事理ヲ弁識スルニ足ルヘキ知能ヲ具フル者」である当時の妻淳子に有効に送達されているのであるから、原告としては、これに対し控訴を申し立てることが可能であった。仮に原告の責めに帰すべからざる事由によって、原告の知らないまま上訴期間を徒過してしまったとしても、原告は、了知可能となった時点から一週間以内に上訴の追完の手続が可能であったのであり、これをしなかった以上、原告の裁判を受ける権利が奪われたとはいえない。

(被告オリエントの主張)

不法行為等を理由とする損害の賠償であって、確定判決の既判力を実質的に否定するようなものが許されるのは、確定判決の結果を貫くことが著しく正義に反するため、法的安定性を犠牲にしても当事者を救済する必要性があり、他方、行為者に強い違法性が認められるような特別の事情がある場合、若しくは、判決の成立過程において、訴訟の当事者が、相手方の権利を害する意図の下に、作為又は不作為によって、相手方が訴訟に関与するのを妨げ、若しくは、虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔する等の不正な行為を行い、その結果本来ありうべからざる内容の確定判決を取得し、それを執行した場合に限られる。本件において、被告オリエントは、単なる担当者の事務処理上のミスにより、裁判所書記官に対し、就業場所不明の回答をしたものであり、一方、原告は、十分に救済手段があったのにこれを行使しなかったのであって、原告を救済しなければ正義に反するような特別の事情は存在しないから、原告は、確定判決に反して損害の賠償を請求することはできない。

第三争点に対する判断(ここで認定した事実については、その後に証拠を掲げた。)

一争点1(被告オリエント担当者等の故意又は重過失)について

1  被告オリエント担当者等の故意の有無

(一) 被告オリエントの担当者辰口は、本件照会書に回答をした当時、原告の勤務先が網走交通釧路営業所であることを知っていながら、本件照会書回答欄には、原告の就業場所を不明であると記載している。

この間の事情に関し、以下の事実が認められる。

(1) 当時被告オリエント債権管理課の業務を担当していた楠は、昭和六一年二月一〇日本件各訴えの提起前原告から就業場所として伝えられていた富士セメントに電話して、原告に連絡しようとしたが、四月まで本州方面に行っているとのことで、連絡できなかった。辰口は、右訴え提起後の同年四月一〇日同様に富士セメントに電話をしたところ、原告は、まだ仕事で地方に出張していて同月の二〇日頃に帰ってくる、家族は自宅にいるはずであるとの回答であった(〈証拠〉)。

(2) 辰口は、裁判所書記官が本件照会書によって調査・回答を求める本人の就業場所とは、その者が現実に労務に従事している場所であるとの考えの下に、原告は、二月一〇日以前から二か月以上長期に及んで出張していること、出張先が本州方面であって、勤務先の所在地である釧路から相当遠く、連絡も容易にはとれないものと思われたことから、その時点における原告の就業場所は、出張先であると判断し、これが不明であったため、原告の勤務先を調べたがわからない旨を本件第一事件照会書の回答欄に記載するとともに、右調査の際の回答に基づき、原告は、「出張中で四月二十日帰って来ます。家族は左記住所にいる釧路市住の江町一一道営住宅二二〇一号」と付記した(〈証拠〉)。

(3) 辰口は、同月一八日本件第二事件の照会書を送付されたが、これについては、第一事件の照会に対する調査・回答内容が記憶にあったので、改めて被告オリエント社内で作成されている原告についてのクレジットカード管理回収カード(以下「本件管理回収カード」という。)等の書類を参照したりすることなく、記憶のまま、勤務先を調べたがわからないと回答した(〈証拠〉)。

(4) 実際には、原告は、昭和六一年一月七日頃から同年四月二二日頃まで網走交通から派遣されて、東京都府中市是政所在の宇野建材において運送業務に従事していたが、給与は網走交通から受領しており、網走交通釧路営業所に派遣中の社員宛郵便物が送付されてきた場合には、派遣先に連絡のうえ転送され、派遣中の社員と連絡したいとの申し出があれば、連絡先が伝えられてもいて、原告の就業場所は、終始網走交通釧路営業所にあったと認められる(〈証拠〉)。

(二) 以上の事実によれば、辰口が、就業場所不明と回答したのは、誤りであったが、それを辰口が、裁判所書記官に付郵便送達の手段をとらせるためにことさら行ったとまでは認めることはできない。原告は、この点に関し、辰口の故意を推認させる事実の存在を指摘するので、検討する。

(1) 被告オリエントが原告を被告として昭和六一年四月一四日札幌簡易裁判所に起こした別件の立替金等請求の訴えにおいては、訴状に原告の勤務先として網走交通釧路営業所の名称及び住所が記載された(〈証拠〉)のに、本件各事件の訴状には、そのような記載がされなかったことについて

このような事実があったからといって、これら訴状が同一の機会に作成されたという訳ではなく、この種の案件を多数抱えると推認される担当者として、過去に作成し、提出した訴状の内容を常に捕捉していることを期待することはできないから、担当者が、各訴状について意識的に異なった取扱をしたとまでは認めるに足りない。かえって、組織的にことさら原告の就業場所を裁判所に隠そうと図るのであれば、別件においても、これを記載しないはずであって、意図的にこのような不統一な処理をする合理的理由はない。

(2) 辰口が、訴状作成をその担当者に依頼する前日の三月一四日に網走交通の商業登記簿謄本の交付を申請していること(〈証拠〉)について

右申請は、原告が網走交通から給与を受けていることを前提として、本件各事件につき勝訴判決を得た場合に原告の給与を差し押えることを念頭においてしたものであり、辰口としては、就業場所と給料の支払者とが必ずしも一致するものではないと考えていたと認められる(〈証拠〉)。そうすると、このような事実があったからといって、辰口がことさら原告の就業場所を裁判所に秘匿したとまでは認めるに足りない。

その他に、被告オリエントないしその担当者が、ことさら裁判所書記官に対し、原告の就業場所を秘匿して、その住所地に付郵便送達をさせたと認めるべき証拠はない。

2  被告オリエント担当者等の過失の有無

(一) 次の事実が認められる。

(1) 本件管理回収カードの昭和六〇年一一月二六日付交渉記録欄には、「郵便は網走交通釧路営業所(大楽毛)へ、就業場所 富士セメント 0154―25―5342、此のTELは網走交通の所長が出ますので、午後三時過ぎなら本人が殆んどいるらしい」との記載がある(〈証拠〉)。

(2) 網走交通釧路営業所の所在地には同営業所の所長が居住しており、同営業所に配達された原告宛の郵便物は、所長から原告に渡される取扱になっていた(〈証拠〉)。

(3) 辰口は、昭和六〇年一一月一三日頃から、原告に対する債権の管理・回収業務を担当しており、同月二二日第一事件に関する原告の債務額、督促文言等の記載された通知書を辰口個人の差出人名義で網走交通釧路営業所に郵送し、右通知書は、同営業所長が受領して、同所長から原告に交付された(〈証拠〉)。

(4) 原告は、同月二六日自ら辰口に電話し、右通知書を見て、この契約を初めて知ったこと、契約は原告の妻淳子がしたと思われること、原告の自宅の住所は、その後転居して、釧路市住の江町一一道営住宅二二〇一号であること、自宅の電話番号は都合が悪いので教えたくないこと、郵便物は自宅に送らず、網走交通釧路営業所に送ってほしいこと、就業場所は富士セメントであること、二、三日中に妻と相談すること等を伝えた(〈証拠〉)。

(二) 第1項に認定の事実及び右事実によれば、原告の就業場所への確認に対する回答では「出張」という言葉が使用され、勤務先会社の仕事であることも明示されており、更に右原告の勤務場所の担当者は、原告が出張から戻る日も把握していて、家族の所在等も知っていることがわかっていたのであるから、辰口としては原告の出張が会社の指示に基づくもので、会社との間で原告との連絡体制もできていることは予測ができたはずである。一方、本件照会書の性格及び原告が自宅へは書類を送らないで欲しい旨希望していたことを考え併せれば、裁判所に対し、就業場所不明との回答をすれば、本件のように自宅へ付郵便送達がなされ、原告が、これを知ることができないで不利益を受けることのありうることも予見できたというべきである。したがって、辰口が原告の勤務先を内地の出張先と考えていたのであれば、当然その間の事情の詳細について更に調査確認をしてしかるべきであった。

しかも後述するように就業場所の存否の調査の責任は当事者にあるのであって、被告オリエントとしては裁判所の照会に対して、原告の就業形態、出張の形態、郵便物をどこに宛てて発送すれば原告が受領できるか等について網走交通を通じて調査確認することは一挙手一投足の労で可能であり、また、網走交通でも会社外の者から従業員に連絡の希望があれば内地の勤務場所や居所を教えることになっていたのであるから、同被告がそうした調査確認をしていれば、これらの事項を知ることができた。

したがって、被告オリエントの担当者としては、就業場所がいずこであるかの法律解釈の点は別としても、本件照会書に対して原告の就業場所が判明したか否かを回答する前提として、網走交通釧路営業所に連絡して原告の現実の就業形態、出張の形態、郵便物をどこに宛てて発送すれば原告が受領できるか等について更に詳細に調査確認すべき注意義務を負っていたものというべきである。本件で同被告の担当者がこれらの点について調査確認した形跡は認められず、したがって、同被告の担当者にはこの点で過失があり、同被告はその使用者として責任を負うものといわざるをえない。

二争点2(富所、塩坂両書記官の過失)について

1  送達に関する裁判所書記官の職務権限

民事訴訟関係書類の送達事務は、裁判所書記官の職務権限に属し、書記官は原則として、独立して、その担当事件おいて、民事訴訟法の定めに従い、自己の裁量で、いつ、いかなる方法により、いかなる場所において送達を行うかを決定する権限を有する。郵便に付する送達を行うために、住居所のほか就業場所への送達も不奏効か、又は就業場所が判明しないことが必要であるかどうかについては反対の見解も考えられるが、これを肯定する見解を採用するとしても、就業場所が判明しない場合であるかどうかの認定も当該事件を担当する書記官の裁量に委ねられる。したがって、就業場所が判明しているのに書記官が付郵便送達を行った場合、前記見解に従えば当該送達は違法となるが、そうであるからといって直ちにその送達を行った書記官に過失があるということにはならず、右要件の存否についての書記官の認定判断が、当該具体的事情の下で合理性を欠き、その裁量の範囲を逸脱するといえる場合に限ってその過失が肯定されるものと解される。そこで以下この見地に立って検討する。

2  塩坂書記官の処分の過失の有無

被告オリエントが作成した本件第二事件の照会書の回答欄には、次のように記載されていた(〈証拠〉)。

すなわち、まず「一 被告は、訴状記載の住所に居住していますか。」との照会に対する回答欄の不動文字による「1 いる 2 いない」との記載のうち、1の番号の部分、「二 被告の就業場所を記載してください。」との照会に対する回答欄の不動文字による「1勤務先(  ) 2 勤務先を調べたがわからない。」との記載のうち、2の番号の部分及び「三 被告の住所の住民票、又は民生委員か近隣者の居住証明書を添付してください。」と記載された欄の住民票と記載された部分にそれぞれ丸印が付されており、「四 被告が、長期不在、又は入院、旅行などの場合は、わかる限り記載してください」との照会に対する回答欄の「1 昭和年 月 日 帰宅予定 2 行先(  )」と不動文字で記載された部分及び「五 事件の進行上、参考となると思われることを記載してください。」との照会に対する回答欄については、被告オリエントによる記載はなされていなかった。

そして、本件第二事件照会書が被告オリエントに送付された当時、塩坂、富所両書記官を含む札幌簡易裁判所書記官の間では、一般に、同裁判所において昭和五八年四月二一日付で決定された「民事第一審訴訟の送達事務処理に関する裁判官・書記官との申し合わせ協議結果」(〈証拠〉、以下「本件申し合わせ協議結果」という。)に従い、訴状及び第一回口頭弁論期日呼出状が当該事件被告の不在の事由で返還された場合には、当該事件被告の訴状記載の住所への居住の有無、就業場所の判明の有無等を調査のうえ至急回答するように記載した定型の照会書(右照会書においては、特に調査担当者の記載は要求していない。)を当該事件原告に送付し、当該事件原告の調査の結果、当該事件被告が訴状記載の住所には居住しているがその就業場所は判明しないとの趣旨の回答があり、住民票等の訴状記載の住所へ居住の事実を証明する書面の添付があった場合には、特段の事情がない限り、休日の速達による送達等を試みることなく、直ちに訴状記載の当該被告の住所に宛て付郵便送達を行い、同時に当該事件被告の住所に宛て、付郵便送達をしたこと及びその経緯、送達書類を受領しなければ不利益を受けるおそれがあるから早急に受領してほしいこと、当該事件の審理の日時、場所などを記載した通知書を普通郵便で送付し、その旨を付郵便送達の送達報告書左上部欄外に付記するという取り扱いがなされており(〈証拠〉)、前記争いのない事実記載の第二事件の訴状副本及び第一回口頭弁論期日呼出状の送達も、塩坂書記官が、前記本件第二事件照会書の記載に基づいて、右一般的取り扱いにのっとって処理したものであった(〈証拠〉)。

原告は、受送達者の就業場所が判明しないと判断するには、相手方が一定の調査を実施したにも係わらず、これが不明であったことを示す積極的認定資料が必要であると主張する。そして、最高裁判所事務総局編信販関係事件に関する執務資料(民事裁判資料第一五二号)にも、「就業場所が判明していないことについては、積極的な認定資料(例えば、相手方の調査報告書)が必要であるから、この資料がない場合は、相手方にその提出を求めなければならない。」との記載があることは当事者間に争いがない。

しかしながら、就業場所が不明であることが付郵便送達の要件であるとする見解を採用するとしても、その場所を調査するのは、受送達者の相手方であって、裁判所書記官は、相手方によって、調査の結果、なお就業場所が不明であったと報告されれば、相手方のその報告内容に、その調査の方法や結果の真実性を疑わしめるような点の無い限り、その報告を信頼し、就業場所が不明であるとして、以後の手続を進める他はない。したがって、裁判所書記官が就業場所を不明であるとした判断が、適正な提出資料に基づく、合理的なものであったかどうかは、個々の事例毎に判断する他はないというべきである。

もっとも、多数の当事者から多くの事件が提起されると、その中に、報告内容の信頼できない事例が生じる可能性もある。そのような事例に対処するためには、その都度個別に対応するだけでなく、予め一般的に当事者に対し、一定の上申書又は報告書の使用を推奨し、それを利用させることによって、できる限り調査漏れ等の事態を防ごうとするのは当然の施策である。前記信販関係事件に関する執務資料は、そのような趣旨で、信販関係事件の処理についての運用基準としての一つの参考例を示したものに過ぎないと解され、裁判所書記官がこれに従った処理をしなかったからといって、直ちに送達に関する事務を誤ったことになるものではないし、逆に、右標準的な事務処理に従っただけでは不十分であるような場合も生じないとはいえない。

以上の見地に立って、塩坂書記官のした本件送達事務における認定判断を見るに、本件照会書には、改めて就業場所等について調査したうえ回答すべきことが記載されており、これに応じた回答である以上、特別のことがない限り、回答者は記載内容に従った調査をしたものと理解するのが当然であること、被告オリエントについては、信販会社としての規模も大きく、この種事件の訴え提起も多数に上り、調査案件も多いので、調査能力もあり、その調査・回答の信頼度は比較的高いとの認識が当時同庁の裁判所書記官にあったと認められること(〈証拠〉)、以上の事実に、付郵便送達の場合、受送達者不在のため郵便物が郵便局に持ち帰り保管とされたときには、配達の際、その後一〇日以内に受送達者が再配達の申し出をするか、又は郵便局の窓口に出向くかすれば、その郵便物を受領できる旨記載された不在配達通知書が差し置かれるほか、別に裁判所から普通郵便で付郵便送達により送達したこと、発送により送達の効力が生じること、不在の場合郵便局の窓口で受領すべきことが記載された通知書が送付されており、本件においてもこれら手続がとられたこと(〈証拠〉)を考え併せれば、塩坂書記官が、被告オリエントの回答書の「勤務先を調べたが、わからない。」との記載に基づき、原告の就業場所が不明であると判断したことには合理性があり、その裁量の範囲にあるものと認められるから、同書記官が原告に付郵便送達をしたことに過失があるとはいえない。

3  富所書記官の処分の過失の有無

富所書記官が、第一事件について送付した本件第一事件照会書に対する回答欄の被告オリエントによる記載は、次のとおりであった(〈証拠〉)。

すなわち、「一 被告は、訴状記載の住所に居住していますか。」との照会に対する回答欄の不動文字による「1いる 2 いない」との記載のうち、1の番号の部分及び「二 被告の就業場所を記載してください。」との照会に対する回答欄の不動文字による「1勤務先(  ) 2 勤務先を調べたがわからない」との記載のうち、2の番号の部分にそれぞれ丸印が付され、「三 被告の住所の住民票、又は民生委員か近隣者の居住証明書を添付してください。」と記載された欄及び「四被告が、長期不在、又は入院、旅行などの場合は、わかる限り記載してください」との照会に対する回答欄の「1昭和 年 月 日 帰宅予定 2 行先(  )」と不動文字で記載された部分については、被告オリエントによる記載はなされておらず、更に、「五事件の進行上、参考となると思われることを記載してください。」との照会に対する回答欄に、「本人は出張で四月二十日帰って来ます。家族は左記住所にいる釧路市住の江町十一道営アパート2201号」と記載されていた。

この場合、最後の「本人は出張で四月二十日帰って来ます。家族は左記住所にいる釧路市住の江町十一道営アパート2201号」との記載を除けば、右回答書の記載に基づいて原告の就業場所を不明と判断したことは、塩坂書記官について判断したのと同様であって、富所書記官の処分にも過失があったと認めることはできない。

しかし、右記載とりわけ「本人は出張で」という部分の記載は、勤務先からの出張の趣旨に読めないではないから、回答書を記載した者が勤務先を知っていたのではないかと疑いその点について更に資料を提出させるなどのことをすべきではなかったかとの疑問をいれる余地がある。

そこで、この点について検討するに、右の記載は、全体として、調査者が、原告の家族に連絡したところ、本人は出張中であって、四月二十日には帰宅予定であるとの返事を受けたが、出張先や勤務先については、情報を得られなかったため、その事実をそのまま記載したという事実があったことを推測させるものである。そして、本件のような信販関係事件においては、債務者が、信販会社と契約後、勤務先を変更した場合に、債務者やその家族が、信販会社の調査に対して、就業は認めつつも、勤務先は秘匿することが考えられる(このことは、証人富所の証言するところでもある。)ので、本件もそのような場合であると考えたとしても不合理とはいえない。更に、本件の場合、債務者の住所ははっきりしているのであるから、住所に書類を送れば本人に届くことは十分考えられ(右回答書に記載された本人帰宅の予定日は、当時郵便物を送ればまだ郵便物が郵便局に留置されている期間の中に入ることは明らかである。)、裁判所書記官としては、被告オリエントのような信販会社がことさら策を弄して債務者不知の間に訴状を送達させ、欠席判決を取得しようと企て、その目的で就業場所が不明であると虚偽の記載をしたとまでは疑わないのが当然であり、そのような疑問を持たなかったからといって、不自然であるとか、不合理であるとかいうことはできない。

したがって、富所書記官が、本件第一事件照会書の回答欄の記載のみから就業場所不明の要件が満たされていると判断したとしても必ずしも不合理とはいえず、同書記官にも過失があるとは認められない。

三争点3(桶谷、清水両裁判官の過失)について

送達事務は、裁判所書記官が、その独自に有する権限に基づいて取り扱うものであるから、その事件を担当する裁判官は、記録上書記官の権限の行使方法に明らかな裁量権の逸脱又は濫用があると疑われるような事跡がない限り、その事務処理に対し命令権(裁判所法六〇条四項)を行使することはできないものと解される。本件においては、前項において判断したとおり、塩坂、富所各裁判所書記官の付郵便送達に事務の取扱に裁量権を逸脱し又は濫用した点はなかったのであるから、その事件を担当した各裁判官において、右事務の取扱に対し、何ら命令しなかったのは当然であり、過失を肯定することはできない。

四争点4(原告は損害を被ったか、また、その損害の賠償を求めることができるか)について

1  敗訴判決を受けたことによる損害について

(一) 第一事件の判決正本は昭和六一年五月三〇日に、第二事件の判決正本は同年六月二日に、いずれも特別送達による送達が試みられ、原告の住所地において、当時原告と同居していた妻の淳子がこれを受領し、その後原告から控訴の申立てがなされないまま、右送達の日から二週間の控訴期間が経過し、右各判決は確定しているものと窺われる(〈証拠〉)。

右送達の有効性について、原告本人は、淳子が、本件各事件の請求原因とされている貸金契約及び立替金契約を原告名義を冒用して締結し、その事実の発覚を恐れて右各事件の判決正本を隠匿したため、原告はその存在を知りえず、それを知ったのは控訴期間経過後の昭和六二年一〇月五日であったと供述する。しかし、右供述どおりの事実経過であったとしても本件で受送達者(原告)と同居者(淳子)とが利益相反関係にあるとは認められず、原告と淳子との利害の対立は事実上のものにすぎないから、補充送達の趣旨からいって、淳子の送達受領資格を否定することはできず、右各判決正本は有効に原告に送達されたものと認めるべきである。

そして、仮に、原告主張のとおり原告が判決正本の存在を知ったのが昭和六二年一〇月五日であったとしても、原告は、その日から一週間の期間内に控訴の追完をすることが可能であったのであり、それをしなかった以上、右各判決が確定判決としての効力を有することを争う余地はないというべきである。

ところで、原告は、本件各事件において敗訴判決を受けたことによる損害として、その判決の債務の一部弁済金、これに対し再審の申立て等を弁護士に依頼して要した費用及び右判決の仮執行宣言に基づく給料差押の通告による精神的損害についての賠償を請求する。このうち、判決の債務の一部弁済は、まさに判決の主文で命じる事項の実現であり、その取り戻しを請求するには、右判決の内容が誤っていることを前提としなければならない。また右各判決に対する再審申立て等の費用も、右判決の内容が正しいものであれば、再審で争っても、これが覆る余地はなく、再審等の費用は、原告の本来有する権利の回復のため必要なものとはいえない筋合いとなるから、その賠償の請求は、前同様に右確定判決が誤っていることを前提とするものである。仮執行宣言付の判決を受けたことによる損害も、同様であって、これらの各損害の賠償を求めることは、右確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する請求をするものとなる。

(二)  そして、確定判決が存在する場合に、当該確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾するような不法行為に基づく損害賠償請求が是認されるのは、判決の成立過程において、訴訟当事者が、相手方の権利を害する意図のもとに、作為または不作為によって相手方が訴訟手続に関与することを故意に妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔する等の不正な行為を行い、その結果本来ありうべからざる内容の確定判決を取得し、かつこれを執行した場合である等、違法性の態様が法的安定の要請を考慮しても信義則上容認しえない特段の事情がある場合に限られると解するのが相当である。

しかるに、前記認定のとおり、本件において被告オリエントは、付郵便送達をなす権限を有する裁判所書記官を欺罔して欠席判決を騙取し、原告に対しその判決を執行する等の不当な目的で、故意に裁判所からの照会に対し勤務先が不明であるとの回答をなしたものではなく、担当者の就業場所の意義に関する誤解により、右回答をしたにすぎず、他方、原告は、前記各判決の内容を了知したとする昭和六二年一〇月五日から一週間以内に控訴の追完の措置をとっておらず、現行の裁判制度の下で十分に救済を受けられる状況におかれながら自らこれを行使しなかったものといわざるをえず、原告を救済しなければ正義に反するような特別の事情の存在も認められないから、被告らの行為の違法性の態様が法的安定の要請を考慮しても信義則上容認しえない特段の事情がある場合にあたるとは到底認められない。

原告は、本件のような場合に控訴の追完は許されないとする見解もあるので、控訴裁判所が控訴の追完を許さない可能性があり、他方、本件の場合は第一審の期日指定の申立てないし再審申立ての方法も可能な場合であるから、後者の方法を選択したために原告の裁判を受ける権利が保護されなくなるのは相当でないと主張するが、第一審判決が有効に送達されている以上、控訴による救済を図るしか方法はあり得ず、仮に控訴の追完が許されなければ、それは原告が追完する以前に判決の送達を知っていたと認定されるがためであろうから、原告の主張は理由がなく、原告の右請求を認めることはできない。

2  第一審手続を受けられなかったことによる損害について

(一) 前記各事実によれば、原告は、その不知の間に、訴状及び第一回口頭弁論期日の呼出状の送達をされ、何ら防御の方策を講ずる暇なく、第一審判決を受けたことになるから、被告オリエントの担当者が原告の就業場所に関する回答に過失により不明と記載したことにより、原告は、第一審の裁判手続に関与する機会を奪われたこととなる。したがって、被告オリエントは、その被用者が、原告の法的に保護された利益を過失により侵害したことにより、原告が被った損害があれば、これを使用者として賠償すべき責任がある。

(二) 被告らは、訴訟書類の特別送達または付郵便送達が受送達者等の不在のため郵便局に持ち帰りとなった場合も、その際に不在配達通知書が差し置かれ、更に別に裁判所から普通郵便で付郵便送達により送達した旨の通知書が送付され、これにも郵便局の窓口で受領すべきことが記載されているから、これらの機会に右記載にしたがって郵便物を受領することが通常人に期待されており、そうすれば第一審を受ける権利が奪われることはないから、被告らが違法に付郵便送達の結果を招来したとしても、このことと原告の損害との間には相当因果関係は認められないと主張する。

しかしながら、付郵便送達は、受送達者が不在配達通知書を見るか否か、留置期間内に再送達の申し出ないし窓口での受領をするか否かにかかわらず発送をもって送達の効力を生じるものであり、また不在通知書更には裁判所から普通郵便で送付される付郵便送達により送達した旨の通知書が受送達者に到達することは必ずしも保証されていないのであるから、付郵便送達の手続が違法であった場合には、受送達者が当該送達書類を受領し、または容易に受領しえた等の特段の事情が認められない限り、当該付郵便送達の瑕疵と受送達者が当該書類の内容を認識しえなかったことによる損害の発生との間には因果関係があるというべきであり、本件において右特段の事情を認めるべき証拠はない。

(三) 原告は、第一審手続を受けられなかったことにより、精神的損害を受けたと主張する。確かに、第一審手続は、事実審として、最も充実したものであることは、その主張のとおりであるが、もともと、我が国が採用する三審制度は、事実審、法律審を重ねることにより、客観的に正しい事実認定と法律判断を経て、誤りのない裁判を実現するための制度的保障であって、かつ、それ以上のものではないから、ある具体的事件について、たまたま、ある者が、そのうち第一審手続に関与する機会を奪われたとしても、その上訴審等において、適正に判断され、結果として、その者の本来守られるべき権利が正当に守られることとなれば、その者は、(上訴審が遠隔地にあったことによって特別に要した費用等は別として)第一審手続を奪われたことによっては、精神的損害を含め特段の損害を被らなかったこととなろう。逆に、その者が控訴審において十分な事実主張を行えず、敗訴したが、第一審から防御を尽くしておれば、そのような結果にはならなかったというのであれば、その限り、その者には、第一審手続を奪われたことによって損害が生じたことになろう。

原告は、前示のように、本件各第一審判決に対し、控訴してこれを争うことができたのに、これをしなかったのであり、このように、上訴の手段を尽くして、自らの権利を防御しようともしていなかった者が、第一審手続を受けられなかったからといって、何程の精神的損害を被ったというのであろうか。原告は、あるいは、誤って、再審という手段を選択したというのであるかもしれないが、それは、民事訴訟手続に対する無理解に起因するものであり、その責めは、そのような無理解に基づく手続を選択した原告自体が負うべきものであって、これによって原告に何らかの損害が生じたとしても、それを被告らに転嫁すべきものではない。

これに加え、原告本人については次のような事実がある。すなわち、被告オリエントが原告に対して提起した別件の立替金請求の訴えの訴状及び第一回口頭弁論期日呼出状は、就業場所送達により原告に送達されたが、原告は、第一回口頭弁論期日に出頭しなかったし、答弁書その他の準備書面を提出してこれを争い、あるいは認める等のことをしなかったこと(〈証拠〉)、原告は、本件の立替金等についても、昭和六一年一一月二二日被告オリエントの担当者辰口から書類を受領し、その債務の内容及び額を承知し、同月二六日には、原告自ら辰口に電話をして、その債務は妻が無断で負ったものであることその他を訴えたが、債務の支払いについては、ともかくも納得し、一〇万円はとりあえず支払う等の交渉を行ったこと(〈証拠〉)、原告が、今弁護士のところに相談に行ったのは、被告オリエント以外に何ケ所かから、妻が原告名義で負った同様の債務の履行請求を受け、その支払いが困難になって、自己破産の申請をして貰おうと思ったからであること(〈証拠〉)、以上のような事実があり、これらの事実をも勘案すれば、原告本人は、本件において第一審手続を受けられなかったということ自体によっては賠償を求めうる程の精神的損害を被ったものと認め難いのである。

右の点以外に原告に、本件各事件について第一審手続を受けられなかったこと自体により何らかの精神的損害が生じたとしても、それは、民事法上金銭をもって償わせなければならない程度に達するまでのものとは認められないといわざるをえず、この点に関する原告の請求もこれを認めることはできない。

第四結論

以上のとおりであって、原告の本訴請求は、結局いずれも理由がないことになるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官小澤一郎 裁判官笠井之彦)

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